中露の非ドル化--2021年6月15日 田中 宇 [経済]
数年、中国とロシアは決済の非ドル化を3段階で進めてきた。ワシントン・ポストによると、第1段階は、中露間の貿易におけるドル決済を減らしてゼロにしていき、人民元とルーブルの相互通貨決済に替えていった。第2段階は人民元の国際化を推進して世界の30か国との人民元決済の体制を作った。同時に中露は米国債やドルの保有量も減らした。2014年からはデジタル人民元の利用拡大を進めた。そして第3段階は今年、中露がイランなど他の非米諸国とも連携してSWIFTに替わる国際銀行間送金のシステムを作っていくことだ。
(China and Russia announced a joint pledge to push back against dollar hegemony)
中共は、人々の消費を増やすためにデジタル人民元に「有効期限」を設けるかもしれない言われている。紙幣には有効期限などないから、中国の人々はデジタル元を敬遠している。デジタル元の利用が急拡大していくのかどうか怪しいところがある。しかし少なくとも、デジタル元を中国の法定通貨として正式に使用開始すると、一帯一路など非米諸国の政府機関や企業や個人がデジタル元を使用・備蓄できるようになり、アジア、アフリカ、中南米などでのデジタル元の利用が急増し、その分ドルの使用と備蓄が減り、ドルの基軸性=米国の覇権が低下する。米国が敵性諸国をSWIFT・送金情報システム(本部ベルギー)・から締め出してドル使用を禁じる制裁をやるほど、世界的にドルが敬遠されてデジタル元が使われ、ドルを使った制裁策が効かなくなる。デジタル人民元の出現は、覇権面で画期的だ。
(China Will Use "Coercive Power" To Force Digital Yuan On Population)
そのような展開になっても、金融市場では、ドルの為替低下や米国債の金利上昇、バブル崩壊が起こらないかもしれない。為替や金利や株価は、金融市場での民間の需給と無関係に、米連銀など米欧日の中央銀行群によるQE策(通貨の過剰発行による買い支え)によって維持されている。QEが行き詰まるまで、ドルや米国債や米国中心の債券金融システムは崩壊しない。中国やロシアなど、世界の半分を占める非米諸国がドルや米国債を持たなくなっても、米欧側でQEが続いていたら、ドルや米国覇権の崩壊は起こらない。私はリーマン危機後のQEが数年で行き詰まると予測してきたが、10年以上経ってもQEが何とか続いている(行き詰まり感はかなりあるが)。
(強まるインフレ、行き詰まるQE)
QEはまだしばらく続くかもしれないが、同時に、世界が米国側(ドル圏)と非米側(デジタル元圏)に2分される「通貨の2極化」も進みそうだ。ドル圏=米覇権の範囲は世界の半分に減っていく。通貨の2極化は、多極化の一つの形態である。インドやサウジアラビアなど、中国以外の非米諸国がデジタル通貨を作って国際化すると、通貨の多極化になる。ドル=米覇権の崩壊より先に多極化が進む。私はこれまで、ドルと米覇権の崩壊が先で、それが多極化につながるというシナリオを描いてきたが、順序が逆になるかもしれない(インフレ激化でQEが間もなく行き詰まり、多極化より先にドル崩壊になる可能性もある)。ドイツなどEUが対米従属をやめるとユーロも多極側に入る。日本は多分いないふりを続ける。
(米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる)
(基軸通貨の多極化を提案した英中銀の意図)
いよいよEV電気自動車の時代、バッテリーのリサイクルが鍵に [経済]
いよいよ電気自動車の時代、バッテリーのリサイクルが鍵に クリーンな車への移行が、不正な採掘を増長させかねない 2021.06.11
電気自動車EV製造の成長にともなって、バッテリーに必要な金属をどうやって手に入れるかという新たな課題が生じている。
EVの数は2020年の1000万台から2030年には1億4500万台に増えると予想されているから、バッテリーに用いられ・含まれるリチウム、ニッケル、コバルト、銅などの鉱物需要が急増するのは必至だ。現在、ロシアやインドネシア、コンゴ民主共和国などの地中から採掘されてる。環境監視が行き届かない、労働基準が曖昧、地域社会との対立があるなど問題も多く抱えている。
電気自動車EV用バッテリーは複雑な技術の塊だが、原理は携帯電話で使われているリチウムイオン電池と同じ。個々の電池は、リチウムやコバルトなどでできた正極、黒鉛でできた負極、それらを分けるセパレーター、電解液で構成されており、負極に蓄えられていたリチウムイオンが正極に移動することで電流が発生する。 携帯電話ならこのような電池1つで十分だが、車を走らせるには数多くの電池をひとつに束ねる必要があり、総重量は数百キロに達する。
今後数十年の間に廃棄されるバッテリーは数百万トンに上るとみられる。国際エネルギー機関(IEA)の推定によると、2019年に使用されていたすべてのEVからは、最終的に50万トンの電池廃棄物が発生する。2040年までには、エジプト、ギザの大ピラミッドの質量の1.3倍に相当する800万トン弱の電池廃棄物、1300ギガワット時(GWh)相当になるとIEAは見積もっている。
その電池廃棄物の中には貴重なリチウム、ニッケル、コバルト、銅などの鉱物物質は含まれている。リサイクル・再利用したい。最近出された報告書によれば、仮に使用済みのEV用バッテリーが100%回収されてリサイクルされ、金属、とりわけリチウムの回収率が100%であるとしたら、2040年までのEV産業におけるリチウム需要の25%、コバルトとニッケル需要の35%を、リサイクルによって満たせる。
現状のリサイクル方式は、放電したバッテリーを切り刻んで炉に放り込み、大量のエネルギーを投入し溶融、排出される有毒ガスや廃棄物を回収し、後に残された銅、ニッケル、コバルトなどの合金を精錬する。これで2040年までのEV産業における金属需要のうち、最大12%が賄われるとIEAは見積もっている。リチウム需要の25%、コバルトとニッケル需要の35%を、リサイクルによって満たせるはずが、国際エネルギー機関(IEA)の推定では最大12%と見積もられている。
この率を上げるにはリサイクル時にもっと簡単に分解できるようなバッテリー設計の基準や、バッテリー回収計画、埋め立てによる処分を禁止する法律、リサイクルを目的とする有害な電池廃棄物の海外輸送をしやすくする規則の整備など、政府が確固たる政策としてEV用バッテリーのリサイクルを支援する。
しかし米国では、リチウムイオン電池のメーカーに廃棄物の処理を義務付けている州はたった3つしかない。
資本主義と奴隷制--エリック・ユースタス・ウィリアムズ [経済]
副 経済史から見た黒人奴隷制の発生と崩壊
原書:Capitalism & slavery 1961
原書:Capitalism & slavery 1961
著 エリック・ウィリアムズ
Eric Eustace Williams (1911-1981)
Eric Eustace Williams (1911-1981)
訳・中山毅・ナカヤマ タケシ
発売日:2020/07/13
出版社: 筑摩書房
レーベル: ちくま学芸文庫
ISBN:978-4-480-09992-1
1968年9月、87年9月に理論社から刊行された『資本主義と奴隷制:ニグロ史とイギリス経済史』(ISBN 4652084056)中山毅訳の文庫化。
内容紹介
イギリスにおける資本主義成立の要因として【外因論ー資本主義の成立は、カリブ海の黒人奴隷の重労働と大西洋三角貿易による重商主義的過程によって蓄積された資本によるものである】を実証的に描く。
内容紹介
イギリスにおける資本主義成立の要因として【外因論ー資本主義の成立は、カリブ海の黒人奴隷の重労働と大西洋三角貿易による重商主義的過程によって蓄積された資本によるものである】を実証的に描く。
英国に代表されるヨーロッパ初期の資本主義と、西インド諸島における黒人奴隷貿易および奴隷制の関係を分析した古典的名著の新訳。何が奴隷を生み出し、奴隷がどう売り買いされ、それがどう資本主義に影響したかを考える。
参照 じんぶん堂 「産業革命は黒人奴隷たちの血と汗の結晶である」 歴史学の常識を覆した研究者とは 川北稔さんが解説 https://book.asahi.com/jinbun/article/13625996
2年生演習で『資本主義と奴隷制』を読んでいたら、西インド諸島で奴隷を使役し大金を手にしたプランターがイギリスに帰り没落貴族と婚姻してなんとか認められようとする一方で自分は西インド諸島に戻る気はまったくなくて、代理に酷い奴を送って酷い不道徳が常態化している話があり暗澹とした。
目次
第1章――黒人奴隷制の起源
第2章――黒人奴隷貿易の発展
第3章――イギリスの商業と三角貿易
第4章――西インド諸島勢力
第5章――イギリス産業と三角貿易
第6章――アメリカ独立革命
第7章――イギリス資本主義の発展 一七八三~一八三三年
第8章――新しい産業体制
第9章――イギリス資本主義と西インド諸島
第10章――実業界と奴隷制
第11章――〈聖人〉と奴隷制
第12章――奴隷と奴隷制
第13章――結論
監訳者あとがき/原注/参考文献
索引(事項/地名/人名)
1968年版の[目次]
序文 / p1
第一章 ニグロ奴隷制の起源 / p11
第二章 ニグロ奴隷貿易の発展 / p40
第三章 イギリスの商業と三角貿易 / p62
A 三角貿易 / p62
B 海運と造船 / p69
C グレート・ブリテンにおける大海港都市の発達 / p72
D 三角貿易の取扱い品目 / p77
1 毛織物 / p78
2 綿織物製造業 / p81
3 製糖 / p86
4 ラム酒の蒸留 / p92
5 安ぴかもの / p95
6 冶金工業 / p95
第四章 西インド勢力 / p100
第五章 イギリスの産業と三角貿易 / p114
A 三角貿易の利潤の投資 / p114
1 金融業 / p114
2 重工業 / p119
3 保険業 / p120
B イギリス産業の発展-一七八三年まで / p122
第六章 アメリカ革命 / p125
第七章 イギリス資本主義の発展-一七八三~一八三三 / p144
第八章 新産業体制 / p155
A 保護貿易か、自由放任か? / p157
B 反帝国主義の成長 / p163
C 世界における砂糖生産の増大 / p166
第九章 イギリス資本主義と西インド諸島 / p176
A 綿織物製造業者 / p176
B 製鉄業者 / p179
C 毛織物工業 / p182
D リヴァプールとグラスゴー / p184
E 製糖業者 / p186
F 海運および船員 / p189
第十章 <実業界>と奴隷制 / p193
第十一章 <聖人>と奴隷制 / p202
第十二章 奴隷と奴隷制 / p223
第十三章 結論 / p235
訳者あとがき / p240
注 / p300
文献解題 / p309
索引 / p322
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
エリック・ユースタス・ウィリアムズ(Eric Eustace Williams, 1911年9月25日 - 1981年3月29日)
カリブ海にあるトリニダード島に郵便局員の息子として生まれた。1935年英国オックスフォード大学卒・歴史学科に在籍し38年博士号取得。産業革命をカリブ海域から見るという歴史学の大転換となる研究に取り組んだ。ウィリアムズの研究が、のちの従属理論や世界システム論を導くことになる。
第二次大戦後1956年にはトリニダード独立運動の指導者となった。1962年トリニダード・トバゴ共和国として独立達成した。共和国首相を62年から、1981年に亡くなるまで務めた。「トリニダードの父」と呼ばれる。
代表著書はオックスフォード博士論文"The Economic Aspect of the West Indian Slave Trade and Slavery"(西インド諸島の奴隷貿易および奴隷制における経済的側面、奴隷制を経済的観点から説明する)を加筆修正した『資本主義と奴隷制』(1944)、
1970年刊の”From Columbus to Castro: The History of the Caribbean, 1492-1969”
川北稔訳『コロンブスからカストロまで カリブ海域史I・II』岩波書店、新版2000年/岩波現代文庫、2014年。
訳
中山毅・ナカヤマ タケシ
1930年生まれ。元北海道大学教授。専門は18世紀の百科全書派研究
(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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1970年刊の”From Columbus to Castro: The History of the Caribbean, 1492-1969”
川北稔訳『コロンブスからカストロまで カリブ海域史I・II』岩波書店。
、新版2000年/岩波現代文庫、2014年
新潟市立図書館収蔵
県立図書館収蔵
カリブ海のトリニダード島生まれの黒人歴史家であり,すぐれた政治指導者でもあるエリック・ユースタス・ウィリアムズ(Eric Eustace Williams)が、鋭い感性と,長年にわたる研究蓄積をに総合し著わしたカリブ海域全体に対象をすえたほぼ5世紀にわたる通史。
全2冊で分冊Iは、コロンブスのアメリカ大陸「発見」1492からハイチ奴隷革命1791 - 1804年までを扱う。コロンブスの「発見」事業は、奴隷制と砂糖プランテーションに道を開くが、アメリカ独立革命とハイチ革命がそれらを崩しはじめる。分冊IIは,奴隷解放後のカリブ海域の民衆,同地域を自国の「地中海」としてゆく砂糖王国アメリカの政策,それに正面から挑戦したカストロ革命,同地域のゆくえなどを主題とする。
―「現代文庫版への訳者あとがき」より
かつて低開発国の典型とされたアジアのいくつかの国やブラジルが成長への兆しをみせているいま,カリブ海域の厳しい状況はどのように説明されるべきか.そうした問題を考える出発点としても,本書が読み継がれることを期待したい.
―
タグ:奴隷貿易
金貸しの日本史ー水上 宏明 /著 [経済]
シリーズ名1 新潮新書
シリーズ番号1 096
著者名1 水上 宏明 /著
出版者 新潮社
出版年 2004.12
ページ数 220p
大きさ 18cm
ISBN 4-10-610096-7
貨幣の誕生以来、人の歴史は「金貸しと借金」にずっと振り回されてきた。日本最古の銭で賭博にはまった天武天皇、政府自らが金貸しをしていた律令時代、貨幣が行き届いて徳政令に揺れた鎌倉期、大名から百姓まで借金で縛り太平の世を築いた江戸幕府、明治の文明開化も高利貸しのおかげ……。いつの世でも疎まれながら、しかし決してなくなることのない存在、「金貸し」。全く異質な観点から日本史を読み直す。
目次
第1章 律令期―国家の「米貸し」から寺院の「銭貸し」へ
第2章 鎌倉・室町期―銀行のはしり「合銭」
第3章 江戸前期―太平の世に両替屋誕生
第4章 江戸後期―高利貸し百花繚乱の時代
第5章 幕末―西洋における金貸しのルール
第6章 明治以降―文明開化はしたものの金詰まり
第7章 金貸しはなぜ嫌われるのか
シリーズ名1 日経文庫
シリーズ番号1 1286
著者名1 水上 宏明 /著
出版者 日本経済新聞出版社
出版年 2013.6
ページ数 223p
大きさ 18cm
ISBN 978-4-532-11286-8
新潟市立図書館収蔵 中央 新書 Map S/338.7/ミズ/
内容紹介
改正貸金業法、改正割賦販売法の施行により、大きな転換期を迎えているクレジット業界。信用収縮の影響、進む業界再編など、その全体像と現状、問題点を簡潔に解説し、これからの業界の動向を見通す。
目次
第1章 曲がり角に立つクレジット産業(クレジットとは何か;クレジットの物流支援機能 ほか)
第2章 規制の移り変わりとクレジット(クレジットの規制が流通秩序の維持でよかった時代;消費者保護の潮流と悪質販売業者との取引 ほか)
第3章 二〇〇八年改正割賦販売法に見る新しい規制の考え方(消費者被害防止法という新しい概念;個品とカードが別の規制体系に ほか)
第4章 法改正によって引き起こされた信用収縮(ショッピング枠現金化という複合汚染;信用収縮による新たなマーケットの創出 ほか)
第5章 次の時代に向けて(銀行も交えた消費者信用統一法;消費者保護への対応の齟齬 ほか)
著者等紹介
水上宏明[ミズカミ ヒロアキ]
1955(昭和30)年、北海道札幌市生まれ。消費生活アドバイザー。立教大学法学部卒業。社団法人「日本クレジット産業協会」に勤務。その傍ら、「金貸し」と「借金」に関する文献を読み漁り、独自の視点から日本通史を提示する
タグ:金、経済
水力発電が日本を救う--竹村 公太郎 -2016.9 [経済]
副書名 今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせる
著者名1 竹村 公太郎 /著
出版者 東洋経済新報社
出版年 2016.9
ページ数 190p
大きさ 19cm
ISBN 978-4-492-76228-8
新潟市立図書館収蔵 中央 2階技術 Map /543.3/タケ/
内容紹介
既存のダムにちょっと手を加えるだけで、現在の水力発電の何倍もの潜在力を簡単に引き出せる! 世界でもまれな地形と気象で、日本はエネルギー大国になれる! 「水力のプロ」が持続可能な日本のための秘策を語る。
既存のダムにちょっと手を加えるだけで、現在の水力発電の何倍もの潜在力を簡単に引き出せる! 世界でもまれな地形と気象で、日本はエネルギー大国になれる! 「水力のプロ」が持続可能な日本のための秘策を語る。
98頁
【日本の発電電力量は、2010年度に1兆1495億kWhをピークに2018年度は1兆0512億kWhになっている。】
日本に1年間に降る雨や雪の位置エネルギーを、すべて水力発電で電力に変換させると7176億kWhになると試算されている。これは理論値である。現実には水力発電は900億kWh程度。
既存の多目的ダムの嵩上げと運用方法の変更で、343億kWhが増加できると試算されいる。(日本プロジェクト産業協議会JAPIC)
【合わせて1200億kWh程度、日本の10%を賄える。】
中小水力発電は1000億kWhほどは増やせると考えられている。
序
一〇〇年後の日本のために
私はダム建設の専門家で、水力発電を心から愛する人間の一人だ。
未来の日本のエネルギーを支えていくのは水力発電、そう考えている。
このようなことを言っても、今さら水力発電かと思われる人が多い。確かに、現在の電力をめぐる実態を思えば、水力が時代遅れに見えるのはやむを得ない。
私は、国上交通省の河川局で主にダムを造ってきた。三っの巨大ダム建設に従事し、人生の大半をダムづくりに費やしてきた。
ダムは水を貯める装置で、水力発電と密接に関連している。水力発電のエンジニアや事業者とは随分と仕事上のお付き合いかあった。
その過程で、水力発電のことを学び、様々な経験も積んできた。厳密には発電の専門家ではないか、水力発電の基礎的なインフラのダムの専門家であるし、水力発電の専門家の一人だと思っている。
それで、国交省を退職して以来、あちこちの講演会で、水力発電を見直そうという話をしてきた。2010年三月11日の東日本大震災以前ではあるが、何度か、電力会社から有能な若い人が私のところへ来た。その人たちは、原子力がいかに有利か、水力が時代遅れなのか、こんこんと説いてくれたものだ。
だが、彼らは誤解している。
私には原子力を否定する気持ちも、火力を否定する気持ちもない。私には今日のエネルギー政策を云々するような資格はない。なにしろ、エネルギー全般に関して断定的なことを述べる素養を持ち合わせていない。
ただ、言いたいのは、五〇年後、一〇〇年後、そして二〇〇年後の日本にとって、水力発電は必ず必要になるということだけだ。
今は石油がある、原子力がある。そうしたエネルギーに頼るほうか価格の面でも、安定供給の面でも有利だろう。
だか、石油などはI〇〇年後、。一〇〇年後に本当にあるだろうか。今と同じように安価で手に入るだろうか。現実の資源状況を見れば、私のような門外漢にも危ういことは分かる。
そんな時代になったら、必ず、水力発電か必要になる。
今、この時代に、私のようにダムを三つも造った人間はめったにいないだろう。日本の山奥で巨大ダムを次々に建設していたのは高度経済成長期、もう半世紀も前のことだ。
現在はもう、巨大ダムを建設する時代ではない。寂しいか、どんどんとダム建設の経験者は少なくなっている。私のように人生をダム建設に費やしてきた人間はあまり残っていない。
同様に、水力発電設備のエンジニアたちもいなくなりつつある。電力会社には、発電所を建設する土木技術者がもちろんいる。けれど、今の中心は、火力や原子力の発電所であり、水力発電の土木を知っている技術者はいなくなりつつある。
水力発電所の建設には、川の地形に合わせる発想力が必要だ。過去の実例には頼れない場合が多く、自分たちの力で、何もないところから新しく造っていくことを求められる。過去の技術者たちには、そうした構想力のある先輩がいた。私は、それら先輩の背中を見て、迫ってきた。今の時代、そうした方々はいなくなりつつある。
今この時期に、そうしたダムを含めた水力発電の経験やノウハウを、未来に繋いで残しておかなければならないと考えている。
くり返しになるが、私か危惧するのは、現在のことではない。五〇年後、一〇〇年後、二00年後の日本のエネルギーなのだ。
水力のプロの私は、純国産エネルギーである水力発電の価値を知っている。日本のダムは半永久的に使える。たとえ一〇〇年経っても、ダムは水を貯めている。ダム湖の水を電気に変換できる。
しかも、ちょっと手を加えるだけで、現在の水力の何倍もの潜在力を簡単に引き出せる。
この事実を、今、日本の人々に伝えることが、数少なくなった水力の専門家としての義務であると考えている。
【著者】竹村公太郎(たけむら こうたろう)
(特非)日本水フォーラム代表理事及び事務局長、人事院研修所客員教授、博士(工学)。1970年建設省入省。国土交通省河川局長などを経て現職。著書:シリーズ合計で30万部を超えるベストセラー3部作『日本史の謎は「地形」で解ける』(PHP研究所)、『水力発電が日本を救う』(東洋経済新報社)など多数。
タグ:治水技術の流れ
シャネルと華為のロゴの類似性めぐる訴訟 [経済]
フランスのシャネル(CHANEL)が中国の通信機器メーカー「ファーウェイ(華為Huawei)」と両社のロゴの類似性をめぐる商標権紛争で敗訴した。
事の発端は2017年。2017年9月にファーウェイ(華為Huawei)が、欧州連合知的財産庁:EUIPO(European Union Intellectual Property Office)に自社のロゴの商標登録申請を行った。同年12月にシャネル(CHANEL)はファーウェイのロゴが香水、化粧品、革製品、衣服などのために登録されたシャネル社の商標に類似しているとして、商標登録異議の申立てを提出した。
同2017年6月にシャネル(CHANEL)は、アマゾン(AMAZON)を通して同ブランドのロゴを使ったコピー商品を販売していた業者30社などを相手取り、商標権を侵害しているとして損害賠償、各業者に200万ドル(約2億2400万円)の損害賠償を求めていた訴訟に、米国カリフォルニア州裁判所で勝利している。判決では要求の二十分の一の、一業者当たり10万ドル(約1120万円)合計約300万ドル(約3億3600万円)の賠償が業者に命じられた。シャネルは1971年から同名称を商標登録しており、関連商標を含めると八つの商標登録をもっていて、自社のブランド保護に積極的だ。
同2017年6月にシャネル(CHANEL)は、アマゾン(AMAZON)を通して同ブランドのロゴを使ったコピー商品を販売していた業者30社などを相手取り、商標権を侵害しているとして損害賠償、各業者に200万ドル(約2億2400万円)の損害賠償を求めていた訴訟に、米国カリフォルニア州裁判所で勝利している。判決では要求の二十分の一の、一業者当たり10万ドル(約1120万円)合計約300万ドル(約3億3600万円)の賠償が業者に命じられた。シャネルは1971年から同名称を商標登録しており、関連商標を含めると八つの商標登録をもっていて、自社のブランド保護に積極的だ。
上図のファーウェイのロゴは、上下を向いたUの形が真ん中で交差している。そのロゴに対して、シャネルは「シャネルがフランスで登録している左右を向いたCの形が真ん中で交差している商標と類似している」と、異議を同年12月に申立てた。約2年後、2019年11月、欧州連合知的財産庁(EUIPO)は両社のロゴは類似しておらず混同される可能性が低いと判断し、シャネルの申立てを却下した。
その後、シャネルは上訴。ファーウェイ華為を相手にルクセンブルクにあるEU(欧州連合)の一般裁判所General Courtに上訴した。そして、同裁判所は今月2021年4月21日に、シャネルの上訴を棄却した。
裁判所が公開した文書には「問題となっているロゴは、いくつかの類似点を有しているが、その視覚的な違いは大きい。ファーウェイHuaweiのロゴが垂直方向を向いているのに対し、シャネルCHANELのロゴはより丸みを帯びた曲線、太い線を持ち、なおかつ水平方向を向いている。その結果、一般裁判所General Courtは両商標が異なるものであると結論付けた」と記載されている。
その後、シャネルは上訴。ファーウェイ華為を相手にルクセンブルクにあるEU(欧州連合)の一般裁判所General Courtに上訴した。そして、同裁判所は今月2021年4月21日に、シャネルの上訴を棄却した。
裁判所が公開した文書には「問題となっているロゴは、いくつかの類似点を有しているが、その視覚的な違いは大きい。ファーウェイHuaweiのロゴが垂直方向を向いているのに対し、シャネルCHANELのロゴはより丸みを帯びた曲線、太い線を持ち、なおかつ水平方向を向いている。その結果、一般裁判所General Courtは両商標が異なるものであると結論付けた」と記載されている。
シャネルは2019年12月期の通期決算を2020年6月18日に発表した。売上高は122億2700万ドル(前年比13%増、約1兆3082億円*)、営業利益は34億9600万ドル(同16.6%増、約3740億円*)、純利益は24億1000万ドル(同11.3%、約2578億円*)と増収増益だった。
地域別売上高では、中国などのアジアが54億2600万ドル(前年比14.7%増)で総売上高の44%。続いてヨーロッパが45億3400万ドル(同5.9%増)で37%、アメリカが23億1300万ドル(同9.7%)で19%を占めた。
新型コロナウイルスの影響ですべての地域の店舗で売上減になり、2020年は15から20%の減収、2022年頃まで影響があると予測。
これを見ると、売上の多くを占める中国に喧嘩を売るように見られる、受け取られる、EU(欧州連合)の上級審・EU裁判所 Court of Justice への上訴をシャネルは行うだろうか。シャネルは独立した非上場企業で、株の大半はニューヨーク在住のヴェルタイマー(Wertheimer)兄弟が所有している。
この兄弟の祖父のピエール・ヴェルテメールがココ・シャネルと共に現在のシャネルル(ファン・シャネル社)を創業した共同創業者。株の70%は兄弟が保有している。この兄弟の了承を得て、商標登録異議の上訴を止めるのではないか。
母子家庭にとってベーシックインカムの持つ意味---国際人権ひろば No.114より覚書 [経済]
母子家庭にとってベーシックインカムの持つ意味
国際人権ひろば No.114(2014年03月発行号) >母子家庭の貧困とベーシックインカム
覚え書
日本の母子家庭には、死別と離婚と非婚という三つの階層がある。
父親がいないのが母子家庭なのに、母が、いないはずの父とどのような関係だったかによって、母子家庭は分断され、差別されるのだ。
死別は、かわいそうだと同情され、離婚は女のわがままだと言われ、非婚となればふしだらの烙印を押される。
死別母子家庭が対象の遺族年金のほぼ半額が、離婚や非婚の母子家庭への児童扶養手当支給の全額である。
所得税の寡婦控除は、死別の場合は所得制限内であれば終生適用され、離婚の場合は、扶養親族があるか生計を一にする子がいる場合のみ適用となり、多くの場合子どもが独立し扶養親族がいなくなると適用外となる。非婚の場合は最初から適用外である。
日本の税制も、社会保障制度も、労働現場も、女が一人で生きていくことを想定していない。これが高度経済成長期に企業と国家によって作られた制度である。
夫がいて外で働き、妻が家で家事労働をするという性別役割分業(ジェンダー不平等)に基づいた家族を標準としている。それが人類の普遍の営みであり、そしてあるべき家族像で、維持すべきであると三位一体的に信じられている。その教線に家族単位の制度は残され、そこからはみ出した母子家庭は差別され、母子家庭の中でも女が選択したかどうかで差別されてる。
母子家庭の困窮を補うための給付にも、あるべき母子家庭像に従えという条件が付けられている。
そんな中で、個人単位で無条件のベーシックインカムは、一筋の希望ではある。女が、暴力を振るわれても父親や夫から離れられないのは経済力がないからだ。ベーシックインカムがあると、別れるチャンスが広がるだろう。もちろんベーシックインカムで何もかもが解決するとは思わない。それでも、今までのような、差別と引き替えに生きさせられているような息苦しさからは逃れられるかもしれない。
そのベーシックインカムで、一人あたり何万円だからシングルだと苦しいが、家族4人だと何万円、だから今までよりお得というような議論をされると首を傾げたくなる。個人単位ではないのか?やっぱり家族なのか?そんな議論でいいのか?
《 コロナウイルス禍対策の給付金で、露呈した。》
母子家庭は、母子家庭の母と子が、元気で生きていける社会を求めているのだ。それは個としての女や子が一人でも生きていける社会である。なぜそれが実現されないのか。
家族とは何か。なぜ家事労働がただ働きで、それに近い介護や保育の仕事が低賃金で、「女の仕事」なのか。性別役割分業が私たちの考え方、感じ方にどう影響しているのか。ジェンダー不平等を解消するには、どういった仕組みが必要なのか。
ファミリービジネスのトップマネジメント--- [経済]
アジアとラテンアメリカにおける企業経営
アジア経済研究所叢書-- 2
著者名1 星野 妙子 /編
著者名2 末廣 昭 /編
出版者 岩波書店
出版年 2006.3
新潟市立図書館 中央ホンポート館2階 /335.2/フア/
内容紹介
ファミリービジネスの成長を制約する要因として経営を担う人材の問題に焦点を絞り、アジアとラテンアメリカの大規模なファミリービジネスの実態を、豊富な資料を駆使した分析により明らかにすることで、実証的な考察を行なう。
グローバル化の進展によって世界のファミリービジネスは大きく変わりつつある.近年の変化のなかでも,ファミリービジネスの成長を制約する要因として特に重要と考えられている経営を担う人材に焦点を絞り,実証的に考察.豊富な資料を駆使した分析から,今日のファミリービジネスの実態が明らかになる.
目次 タイトル 著者名 ページ
ファミリービジネスの経営者 星野 妙子/著 1-24頁
韓国財閥における家族経営と俸給経営者層 安倍 誠/著 25-64頁
台湾民間大企業の経営者 佐藤 幸人/著 65-100頁
タイのファミリービジネスと「トップ経営陣」 末廣 昭/著 101-155頁
メキシコにおけるファミリービジネスの経営者 星野 妙子/著 157-204頁
ベネズエラの企業経営 坂口 安紀/著 205-242頁
ペルーにおけるファミリービジネスの経営者 清水 達也/著 243-272頁
ファミリービジネスと経営者企業 末廣 昭/著 273-286頁
コロナ・新型コロナでロボットの活躍の場が増えている--2020-0908記事より [経済]
の記事 文=DAVID BERREBY/訳=牧野建志
新型コロナでロボットの活躍の場が増えている
患者の体温や呼吸の測定、病室の消毒、人々の監視などにロボットを活用
2020.09.08
より覚え書き
ゴールデンレトリバーほどの大きさの四足歩行ロボット「Spot(スポット)」は、建設現場の点検や発電所の巡回など、車輪で走るロボットでは行けない場所での危険な仕事。作業向けに2019年に発売された。その後、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生し、人と人が接触するあらゆる活動が「危険な仕事」に含まれる。
Spotはシンガポールでは、社会的距離を保つよう取り締まっていた係員がマスクをしていない男に刺された事件を受け、ビシャン・アンモキオ公園内の「安全距離確保大使」として、Spotが試験的に導入された。安全な距離にいる人間がこのロボットを使って人々を観察し、事前に録音された「シンガポールの健康を保ちましょう」という音声を再生し、注意を呼びかけた。また隔離された患者に食べ物を届けてる、
米国ボストンのブリガム・アンド・ウィメンズ病院では、iPadを備えたSpotが“着任”し、スタッフは患者予備軍の診察を遠隔で行えるようになった。ほかにも種々のセンサーが取り付けられた他のSpotのおかげで、医師や看護師は患者と同じ部屋にいなくても、体温や呼吸を測り、さらには血中酸素濃度の監視もできるようになった。
公安当局は、ロボットを路上や上空に配備し、公共スペースの消毒や、外出禁止令に違反する人々の監視を担わせた。
世界の様々な病院が、「遠隔医療」(ロボットを使って患者と医師をつなぐこと)や、「テレプレゼンス」(患者がロボットを使って、愛する人たちと会ったり話したりすること)用のロボットを導入していった。他にも、自主的に部屋に入って化学物質や紫外線を使った消毒を行うロボットを購入した病院もあった。
世界の様々な病院が、「遠隔医療」(ロボットを使って患者と医師をつなぐこと)や、「テレプレゼンス」(患者がロボットを使って、愛する人たちと会ったり話したりすること)用のロボットを導入していった。他にも、自主的に部屋に入って化学物質や紫外線を使った消毒を行うロボットを購入した病院もあった。
安全性やプライバシー、気味の悪さ、仕事を奪われることなどに対する一般の人々の不安や人々の機械への抵抗が消え去っていった。パンデミック下において、多くの高齢者が、人との密接を望まなくなった。
あるロボット技術者のチームは、患者に食べ物を運ぶロボットを設計するに当たり、イタリアの病院に相談をした。隔離された新型コロナ患者にとって、食事の時間は「社会的に人に会える唯一の時間」だということに、彼らはすぐに気がついた。そこで、課題を切り替えた。食事を配る人間の代わりをするロボットではなく、患者を見舞いに訪れ、愛する人とライブでつながることができるシンプルなテレプレゼンス用ロボットを作り上げた。なにより、患者とその身内は、互いを見て話をできることを、とても喜んだ。安価でメンテナンスが容易だったため、病院スタッフが運用に時間を割く必要はなかった。
懸念すべき点は、ロボットが仕事に忠実なあまり、大規模な監視やプライバシーの侵害をしたり、新型コロナ対策の名の下に環境に害を及ぼしたりする可能性があることだ。
ロボット利用で、人間の仕事が奪われるのではないかという恐れもある。
春、パンデミックが拡大していく中、ロボットを採用する雇用主は、従業員の代わりにするのではなく、従業員を守ることに集中していた。
だが、それは変わりつつあるのかもしれない。ディリジェント・ロボティクス社のCEOを務めるアンドレア・トーマス氏は話す。「処理能力を増やしたり仕事の急増に対処したりするためではなく、人員削減に対応するため、6月頃、自動化の強化が求められるようになりました。」食肉加工工場やeコマースの倉庫などの施設では、人間の従業員が互いに安全な距離を確保するための手段としてロボットを検討している。「結果として、一定の配置転換や失業が発生するかもしれません。」
新型コロナ禍の影響で、ロボットを日常生活に導入する方法、場所、理由に関して、世界的な実験が始まっている。
タグ:コロナウイルス
貨幣システムの世界史ー2003/2014/2020 [経済]
目次 増補改訂版
序章 貨幣の非対称性
第1章 越境する回路―紅海のマリア・テレジア銀貨
第2章 貨幣システムの世界史
第3章 競存する貨幣たち―一八世紀末ベンガル、そして中国
第4章 中国貨幣の世界―画一性と多様性の均衡構造
第1章 越境する回路―紅海のマリア・テレジア銀貨
第2章 貨幣システムの世界史
第3章 競存する貨幣たち―一八世紀末ベンガル、そして中国
第4章 中国貨幣の世界―画一性と多様性の均衡構造
第5章 海を越えた銅銭―環シナ海銭貨共同体とその解体
第6章 社会制度、市場、そして貨幣―地域流動性の比較史
第7章 本位制の勝利―埋没する地域流動性
終章 市場の非対称性
補論 東アジア貨幣史の中の中世後期日本
第6章 社会制度、市場、そして貨幣―地域流動性の比較史
第7章 本位制の勝利―埋没する地域流動性
終章 市場の非対称性
補論 東アジア貨幣史の中の中世後期日本
内容紹介
著者紹介
黒田 明伸 (KURODA Akinobu) 1958年生まれ。東京大学東洋文化研究所・東アジア第一研究部門教授
本国をはるか離れた中東で流通したオーストリア銀貨.環シナ海世界で広く使用された銅銭.超零細通貨,モルディブ産の貝貨….貨幣と市場の歴史は,謎にみちている.その複雑で多層的な世界を〈非対称性〉という概念を手がかりによみとき,世界史のなかの貨幣現象を根本的にとらえなおす.古代から現代まで,グローバルな視野のもとに提示される,新しい貨幣論.
貨幣の価値は一定であると我々は常識的に考えている。しかし、複数の通貨が併存しているとき、交換価値が多元的であるという事例は、歴史上、多くの地域・時代の存在した。たとえば、本国をはるかに離れて流通した、オーストリアのマリア・テレジア銀貨や中華帝国の銅銭の存在。日々手にしている貨幣であるが、「貨幣とは何か」という問いは私たちを惹きつけてやまない。世界史の中で、改めて謎に満ちた貨幣現象を根本から問い直す。
出版社内容情報
貨幣の価値が、歴史上の多元的であった事例などから、謎に満ちた貨幣現象を根本から問い直す。
黒田 明伸 (KURODA Akinobu) 1958年生まれ。東京大学東洋文化研究所・東アジア第一研究部門教授
書評より
本書の重要なキーワードは「貨幣の非対称性」だ。なかでも重要なのは、現地での農作物の取引に用いられ、したがって季節によって大きな重要な変動が生じる「現地通貨」と、地域間・国家間の決済に使われた「決済通貨」という二つの通貨の「非対称性」である。すなわち、もともとこの二つの通貨の間には兌換性が存在しなかったのだが、これに対しては地域によって二つの異なる対応がとられた。一つは、商人間の債務の多角的な決済でできるだけ現地通貨の仕様を省略しようとするもので、イングランドなどヨーロッパの国家の歩んだ道がこれにあたる。もう一つは、個々の商人が債務の決済関係に裏づけされない、ただの「紙切れ(「銭票」)」を地域限定の「紙幣」として流通させ、「現地通貨」の需要の変動に柔軟に対応していくという、伝統中国でみられた道であった。
前者は、国家などの債務の履行を強制する強い機関に支えられ、やがては中央銀行を中心とした一国一通貨的な国民国家のシステムへと統合されていく契機を持ったが、後者の場合、むしろ各地域ごとの現地通貨のバラバラな体系がかなり後まで残される傾向があった。つまり、地域ごとの貨幣システムの違いは、その地域の市場経済システムのあり方までも規定していた、という壮大な仮説が最後に提起されるのだ。このように、非常にコンパクトだけれど、その中に大胆な試みを秘めた野心作だといえるだろう。
本書は手堅い実証研究で知られる歴史家によって書かれたものだけあって、近世のマリア・テレジア銀貨から古代中国の紙幣まで世界史に関する該博な知識を駆使し、「貨幣」あるいは「信用」システムのあり方が「市場経済」のあり方をいかに規定しているか、ということを大胆な類型化で明らかにしようとしている。
本書の重要なキーワードは「貨幣の非対称性」だ。なかでも重要なのは、現地での農作物の取引に用いられ、したがって季節によって大きな重要な変動が生じる「現地通貨」と、地域間・国家間の決済に使われた「決済通貨」という二つの通貨の「非対称性」である。すなわち、もともとこの二つの通貨の間には兌換性が存在しなかったのだが、これに対しては地域によって二つの異なる対応がとられた。一つは、商人間の債務の多角的な決済でできるだけ現地通貨の仕様を省略しようとするもので、イングランドなどヨーロッパの国家の歩んだ道がこれにあたる。もう一つは、個々の商人が債務の決済関係に裏づけされない、ただの「紙切れ(「銭票」)」を地域限定の「紙幣」として流通させ、「現地通貨」の需要の変動に柔軟に対応していくという、伝統中国でみられた道であった。
前者は、国家などの債務の履行を強制する強い機関に支えられ、やがては中央銀行を中心とした一国一通貨的な国民国家のシステムへと統合されていく契機を持ったが、後者の場合、むしろ各地域ごとの現地通貨のバラバラな体系がかなり後まで残される傾向があった。つまり、地域ごとの貨幣システムの違いは、その地域の市場経済システムのあり方までも規定していた、という壮大な仮説が最後に提起されるのだ。このように、非常にコンパクトだけれど、その中に大胆な試みを秘めた野心作だといえるだろう。