SSブログ

収奪された大地  ラテンアメリカ五百年 評 斎藤幸平 [ユーラシア・米両大陸・アフリカ]

収奪された大地  ラテンアメリカ五百年     E・ガレアーノ 大久保光夫・訳

名称未設定のデザイン.png


評 斎藤幸平 東京大学准教授


「欧米先進国による収奪」により、経済・文化・環境に深い傷を負い、いまだに血を流し続ける大地と人々の歴史と現在を描いた。

 

本書か描くのは、暴力と抑圧によって豊かな土地から資源が略奪され、先住民が殺され、奴隷となり、貧困と飢餓が蔓延した歴史である。

 この植民地支配の構造は本書の刊行から50年経った今も変わらない。国連の持続可能な開発目標(SDGs)が掲げた2030年までの達成目標の多くが絶望的である状況からもわかるように、世界から飢餓や貧困がなくなる日は遠く、、この間の数値改善は中国の急激な経済発展によっているにすぎない、、むしろ格差は超富裕層への資産集中によってますます広がっている。

 

 そして今、ラテンアメリカは再び富の 収奪のフロンティアになっている。〃地球の肺〃と言われるアマゾンの熱帯雨林 は六秒ごとにサッカー場1面分が失われているという。金の違法採掘による水銀汚染は、ブラジルで水俣病を引き起こしている。また、チリ、アルゼンチンやボリビアにまたがるアンデス山脈では、脱炭素化のために必要なリチウムの開発が大量の地下水を汲みあげ、先住民の暮らしや生態系に深刻な影響を及ぼしているのだ。

 過去500年にわたり続き、現在も続く暴力的な収奪。そしてそれがもたらす富の偏在、貧困、飢餓、環境破壊、ガレアーノの「告発」には、単なるジャーナリスティックな記述にとどまらない。そこには、資本主義をめぐる理論的把握を迫る大きな意義がある。それが「搾収か収奪か」という問題である。

 

 資本主義を賛美する人々は、市場での「公正な」競争が科学や新技術の発展を生み、経済成長をもたらして、豊かな生活を実現してきたという。それに対して、マルクス主義者たちは、資本主義の背後に潜む、労働者階級からの搾取の存在を暴露したのであった。つまり、資本主義の成長は、労働者たちの不払い労働部分を資本家階級がくすねているというわけである。

 

 しかし、資本主義を賛美しようと、批判しようと、資本主義の成長は、より多くの利潤獲得を目指すために、資本家が生産過程を絶えず技術革新によって変革することに基づいているという認識は変わらないのだ。市場競争によるイノベーションこそが、資本主義にとっては本質的だという見方はマルクス主義によっても共有されていたのである。

 

 ところが、そうした見方に対して、ガレアーノが突きつけるのは、資本主義にとって本質的なのは搾収ではない、むしろ収奪だということだ。つたり、資本主義というのは、決して自己完結して、市場での競争によって成り立っているシステムではなく、むしろ、外部から安い資源や労働力を暴力的に絶えず奪ってくる必要があるというわけである。

 もちろん、マルクスも『資本論』のなかで資本主義の条件として、暴力が果たす役割の大きさを強調していた。いわゆる『本源的蓄積』の議論である。しかし、そうした暴力は。賃労働と資本という生産関係をもたらすために、要請されるのであり、一度成立してしまえば、市場での競争やイノベーションを通じた労働者の搾取こそが資本主義にとって本賢的だとされたのである。

 

 このような想定について厳しい批判を加えたのが、ローザ・ルクセンブルク『資本蓄積論』であった。

 そして、その後、ルクセンブルクに影響を受けて「不等価交換」についての議論が、イマニュエル・ウォーラーステインらによって展開されるようになっていく。まさにこうした見方によれば、資本主義の本質は、搾取よりも収奪なのである。つまり。国家による経済外的な力が資本主義の発展には欠かせないのだ。

 労働者階級の搾取ばかりに目を向けるマルクス派の議論は、ヨーロッパ中心主義になる。そして、労働者階級の搾取をなくすだけの解放運動になるなら、それは資本家と労働者が階級妥協を通じて、非資本主義的環境から収奪した富を分かち合うという形を取るだろう。これこそまさに「帝国的生活様式」という形で現在まで続いている構造的差別にほかならない。そこでは。人種差別、ジェンダー差別、暴力、環境破壊か今も絶えず繰り返されている。そして資本主義の危機も低成長や格差だけでなく、ケアの危機、環境危機、グローバル・サウスの土地収奪につながっていくのだ。

 そう考えると、資本主義に搾取があるのは自明である一方で、収奪もまた不可欠であり、だからこそ、資本主義批判は、経済外の問題も含めた。より包括的なものにならなければならない。つまり、資本主義の複合危機にたち向かうためにも、まずは500年に及ぶ暴力の歴史を本書を通じて学ばなければならないのだ。


IMG_20240425_13.jpg

藤原書店


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

Facebook コメント