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戦争と日本阿片史―阿片王二反長音蔵の生涯 (1977年) [視座をホモサピエンス]

61-QzbJLfMpL.jpg戦争と日本阿片史―阿片王二反長音蔵の生涯 
センソウ ト ニホン アヘンシ
: アヘンオウ ニタンオサ オトゾウ ノ ショウガイ
著者  二反長半  ニタン ハン
出版社 すばる書房
刊行年 1977昭和52年8月
サイズ 16x22cm  222p
49大学図書館収蔵
日清戦争で日本は台湾を領有したが、台湾島民の吸飲阿片を輸入する金額が莫大で、国費の海外流出が国の経済にまで影響していると新聞で知った音蔵は、上京して日本内地でのケシ栽培阿片製造の必要を建白、それが当時の後藤新平衛生局長によって試作認可された。音蔵は現在の大阪府茨木市にケシ畑を作り、栽培法、採取法、製造法を改善し、回りの農村を回ってケシ栽培を促し作付け面積を増やし、5月になると大阪平野がケシの花の白でぬりつぶされ初夏に雪が降り積もったように見えたという。
音蔵自身は土百姓と呼ばれることを喜び「わいは政治なんちゅうむつかしいことはわからん。やが、国のため人のためになるんやったら、どんなことでもやるんや」と当時の典型的明治青年だった。栽培地は日本内地に留まらず、朝鮮から満州へと広がり、音蔵は昭和9年、13年、18年の3回にわたって満州国から招聘され広範なケシ栽培阿片製造指導に出かけた。しかし阿片栽培は世界から批判を浴び、目立たぬように奥地へやられ、ついには万里の長城を越えて中国熱河省、内蒙古にまで伸びて行った。音蔵は蒙彊自治政府から招かれ、老体ながら国へのご奉公と喜んで蒙古の砂漠地帯まで指導に出かけた。
音蔵は製造された阿片が必ずしも医療や阿片中毒者の撲滅などに正当に使用されるわけではないことは知っていたが、良質で収穫量の多い阿片を栽培製造することがお国のためになると信じて駆け回った。蓄財して私腹を肥やすどころか、指導に私財を投げ打ったために終戦時には自らの田畑、山林は驚くほど減っていた。米軍による戦犯の取り調べも厳しかったが、結局何の罪も着なかった。音蔵は昭和25年76歳で亡くなったが、悔いのない人生ではなかったろうか。
音蔵の一代記は、この本の価値の1/3だ。別の1/3は、一次資料に基づく、日本の阿片闇商売の実態の記述である。著者は、大陸浪人と思しき「祇園坊」と名乗る者の執筆した書簡を入手していた。祇園坊は大正年間に阿片密売に携わっていたが、日本の阿片密売のボスに中国大陸における阿片流通の実態を書き送っていたのだ。
 それによると、日本陸軍が阿片密売のうまみを知ったのは、第一次世界大戦で青島を攻略・占領した時だった。【1914年11月~】勝利と同時に陸軍は現地の阿片流通ルートも掌握し、1922年に撤兵するまで阿片王・里見甫(さとみ・はじめ、1896~1965)などを介した、阿片を使った軍部の裏金作りは、かなりの裏金(30万円とも100万円とも)を作ったのだという。なお、撤兵にあたって裏金は協力する中国人の名義で青島周辺の不動産に変換されて塩漬け状態になり、15年後の1937年に始まった日華事変に際して、軍費を充当するため換金されたとのことだ。
 祇園坊書簡に基づく本書の記述は詳細である。大正年間の阿片の闇市場における価格まで出てくる。また、現地の阿片流通には軍を現地除隊した日本人も現地側エージェントとして関わっているともある。軍務経験がある民間人は、軍にコネがあると同時に、事が露見した場合にはシッポ切りのシッポともなる。日本の公的機関が継続的に、闇の阿片流通に手を出していたことは間違いないだろう。
 ただし、祇園坊が観察した時期の青島における阿片の取扱量は、英、仏、露、米、日の順番だったそうで、欧米のあこぎっぷりもなかなかのものである。
 祇園坊書簡には、天津における阿片流通も書いてあって、そこには「星製薬のモルヒネが最上級品として取り引きされている」とある。これは、星新一が『人民は弱し 官吏は強し』で描いた星製薬のモルヒネビジネスが、必ずしもきれいごとのみではなかったことの傍証と言えるのではなかろうか。
書の価値の最後の1/3は、音蔵と星一の関係についてである。
 日本は薬用モルヒネの供給をドイツに頼っていたが、第一次世界大戦勃発でモルヒネが入らなくなる。かねてから後藤新平と懇意だった星一は台湾阿片に目を付け、後藤のバックアップを受けてモルヒネの精製に成功する。日本の薬用モルヒネは一手に星製薬が引き受けることとなり、星製薬は大きく成長する。さらに星は、モルヒネ原料の阿片ケシの国産化を画策し、その過程で星と音蔵は知り合った。星は阿片ケシ栽培にいそしむ音蔵を激賞し、鼓舞する。
 やがて、後藤・星のラインはモルヒネ利権を握っていたが故に、後藤の政敵であった加藤高明(1860~1926)、そして加藤と結びついた第一製薬・三共製薬、さらには星と不仲であった内務省からの激烈な攻撃にさらされることになる。

タグ:阿片
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