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近代中国におけるアヘン・麻薬問題と日本居留民 - 小林元裕 ① ー2020 [視座をホモサピエンス]

東海大学紀要文化社会学部 第 3 号(2020 年 3 月)
1.はじめに-現在までの研究経緯
【 東海大学の 教員スタッフ紹介webより
中国とアヘンの関わりは、実はアヘン戦争が終了してからが長いのです。アヘンは麻薬の一種であり、その取引であるアヘン貿易は当初から国際社会で問題視され、中国に戦争を仕掛けたイギリスはこの貿易から徐々に手を引いていきます。このイギリスに替わってアヘン貿易の主役として登場するのが日本でした。日本は台湾、朝鮮という植民地を巻き込んでアヘンの生産と販売に突き進んでいきます。
98-ダウンロード.jpg中国の南京国民政府はアヘンの取り締まりに強い態度で臨みますが、1937年に始まった日中戦争(抗日戦争)はその取り組みを不可能にし、アヘンの惨禍が中国に広まります。中国がアヘンと完全に決別するのは中華人民共和国の成立を待たねばなりませんでした。私は以上の問題を中国と日本を中心に東アジア全体から見直してみたいと思います。
私のもう一つの研究テーマは中国と東京裁判の関係です。私は東京裁判を中国の視点から見直し、国民政府が裁判にどう取り組み、他の参加国や裁判の判決にどのような影響を及ぼしたのかを解明したいと思っています。】
2.中国と東京裁判 
 東京裁判は連合国であるアメリカ、ソ連、中国、イギリス、フランス、オーストラリア、カナダ、オランダとインド、フィリピンの10か国によって構成されました。この時点でインドとフィリピンはまだそれぞれイギリス、アメリカの植民地でした。ナチスドイツを裁いたニュルンベルク裁判が、アメリカ、ソ連、イギリス、フランスの4か国によって構成されたのに比べ、東京裁判は倍以上の国家によって担われたわけです。東京裁判ではオーストラリアのウェッブが裁判長を務め、法廷言語として英語と日本語の2つが使用されました。裁判の速記録がこの2か国語で記されたため、東京裁判に関する研究はこの2言語による研究が中心となり、必然的に日本とアメリカ2国に関する分析が中心に行われてきたのです。そのためロシア語、中国語、フランス語、オランダ語を使用したソ連、中国、フランス、オランダ等との関係からみた東京裁判研究は少数ながら存在しますが、いまだに十分とはいえない状況にあります。 
 
東京裁判と中国の関わりについて述べれば、2011年の上海交通大学東京裁判研究センター(東京審判研究中心)の設立でした。同センターは日本やアメリカだけでなく、世界各国で出版されている東京裁判関係の文献を収集、翻訳して出版し、さらには収集した公文書のコピーを有料でWEB上に公開しています。資料の収集と公開という面で日本は中国に完全に後塵を拝している状況です。
東京裁判において中国が日本の何を裁こうとしたのかについては、第二次世界大戦が最終局面に入ると、連合国は敵国であるドイツと日本を戦争終了後にどう裁くかについて議論を始めます。1944年11月、連合国は中国の重慶に極東太平洋小委員会を設立して、日本の戦争犯罪調査や戦犯容疑者リストの作成にとりかかりました。この段階で中国は、日本が中国で行なった戦争犯罪として、①日本軍の毒ガス使用、②日本軍による無防備都市及び非軍事目標への爆撃、③日本軍国主義が中国民衆に実施した各種の暴行行為の3点を考えていたようです。
日本軍は中国軍に対し戦時国際法に違反する毒ガスを戦場で使用しましたし、1937年の開戦以降には上海や、国民政府が臨時首都を置いた重慶に対して空爆を行って非戦闘員を多く殺傷しました。そして、まさしく東京裁判でその事実が明るみにさらされた南京事件のように、日本軍は中国の各地で一般人や捕虜を殺傷したのです。つまり、中国としては、戦時国際法に照らし日本の犯罪性が明らかで、なおかつ訴追が可能な点に絞って日本を裁こうとしたと考えられるのです。
 
ところが、第二次世界大戦が終結して、実際に東京裁判の準備が進められる段階になると、この方針は大きく変わります。開廷の準備を進めるため東京に赴いた向哲濬検察官は、東京裁判の検察機関として設置された国際検察局(IPS)からの要請として、中国本国に3件の事実確認とその証拠資料を送るよう要求します。その3件とは、①1931年の満洲事変及び1937年の盧溝橋事件、②日中戦争期の松井石根将軍と畑俊六将軍指揮下の日本軍による暴行及びその他の国際法に違反する行為、③アヘン問題についてです。
東京裁判では、日本軍の毒ガス使用、そして都市に対する無差別爆撃については法廷で取り上げられなかったのです。これは明らかにアメリカの戦後方針から生み出された政策といえます。すなわち、毒ガス戦に関しては、東京裁判の法廷で取り上げることで化学兵器の情報がソ連に渡るのを防ぎ、また、都市無差別爆撃に関しては、アメリカ自らの戦争犯罪、いうまでもなく、東京大空襲や広島・長崎に対する原爆投下に問題が及ぶのを防ぐ目的があったと考えられるのです。このように東京裁判は、中国が裁こうとしていた日本軍の毒ガス使用と都市無差別爆撃について戦争犯罪を問えないまま終わります。しかし、その一方で、当初予定していなかった、日本のアヘン・麻薬密売による犯罪事実を白日の下にさらすことになるのです。 
3.近代中国のアヘン・麻薬問題  続く

タグ:阿片
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