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外来植物が変えた江戸時代--その⓶ [明治以前・国内]

外来植物が変えた江戸時代  里湖・里海の資源と都市消費
著者 佐野 静代 /著  
ISBN978-4-642-05929-9
新潟市立図書館収蔵   新津館   662.1
「人の手の加わった自然」と里湖・里海―プロローグ
 コンクリート堤防によって水妓と陸域がはっきりと分断された現代とは異なり、かつて水陸の境には線ではなく、一定の広がりを持ったゾーンかあった。そのゾーンこそが「水辺」という空間だったことになる。
 「水辺」の具体的なイメージとしては、潮の干満によって陸域にも水域にも姿を変える干潟や、あるいは梅雨時の高水位期には水没するヨシなどの抽水植物帯があげられる。これらの「水辺」は今日の感覚では「生産性の低い湿地」であり、いわば無用の空間として埋め立てや干拓のターゲットとなっている。しかしこれらの「水辺」は、本当に生産性の低い空間だったのだろうか。               
 「湿地=生産性が低い」という価価観は、じつは近代以降のものであり、近世までは「水辺」はむしろ資源を内包する価値ある空間だった。「水辺」は陸域と水域の生物群集が接する場であり、生物多様性がきわめて高い空間である。これを人間の立場から見れば、そこは魚類や水鳥などの生物資源が得られる重要な漁場・猟場だったことになる。さらに、干潟に繁茂する海草や湖岸に茂る
ヨシは、魚類や鳥類に繁殖・採餌の場所を提供するだけでなく、それ自体が肥料や燃料になる重要な資源でもあった。これら有川な「水辺」の動植物資源に対して、人間は何千年にもわたって漁猟や採取という働きかけを続けてきたのである。
 このように過去に「水辺」に向けられてきた人間の生業活助は、「水辺」の生態系に負担でしかなかったのだろうか。あるいは逆に近世までの人間活動は小規模で「水辺」に負担を及ぼすことはなかったのだろうか。
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水辺と「人の手の加わった自然」
ある村では住民から、「ヤナギ林は昔も切っていたし、ある程度は伐採すべだ」との意見が出てきた。その地では放置すればヤナギ林が優勢となって拡大し、やがて日陰を作ってヨシが育たなくなるという。つまり人間が手を入れずに放置すれば、そこヨシ群落ではなくなってしまうのである。
植物学では「遷移」と呼ぶ。この村では昭和30年代まで屋根葺用のヨシに加えて背後のヤナギ林も時々伐採しており、堅くて水に強い柳の伐採材をまな板や下駄の歯などに使っていたという。このような住民による生活利用が「水辺」の植生遷移を一時的に停止させ、この地をヨシ群落として維持していたことになる。
 このような「水辺」と住民との関わりは、雑木林を薪炭として適度に伐探することによって極相林への遷移に停止をかけていた「里山」に通ずるものではないだろうか。つまり「山辺」の里山だけでなく、「水辺」にも「人の手の加わった自然」が存在していた可能性が見えてくる。この人間活動を含めた「水辺」の生態系の実態を検証し、その成立過程を解明することが本書の目的である。
「里海」と「里湖」概念の登場
「里海」と「里湖」の語が使われるようになっている。これらは里山をもとに造り出された造語で、いずれも「さとうみ」と読む。「里海」は1990年代から「人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」と定義されている。
この里海について、今日研究の進む里山と同様に「人の手の加わった自然」としての実態解明は進んでいるのであろうか。答えはNOであろう。過去の実態についての検証は十分とはいえない感がある。
 里山の場合、燃料・肥料採取などの人為的活動が適度な撹乱となって、二次林から極相林への遷移に一時的な停止がかけられ、この遷移の途中相やギャップのモザイク構造が多様な生物の生息地となっていたことか解明されている。
 しかし里海の場合には「過去の人為的撹乱」の歴史的検証が十分でないために、それが真に『自然共生型』であったのかも含めて、実態そのものが自明ではないのである。したがって里海の研究においては、まずは過去の「人の手の加わり方」の具体像を解明する必要があろう。
「里湖」も、2000年代より普及しつつある概念。浅い湖沼の沿岸域に成り立っていた「人の手の加わった自然」を指す。提唱者である平塚純一によって、鳥取・島根県の中海での肥料用の海草採取に伴う水質浄化システムが具体的に解明されている。
 筆者もまた琵琶湖および秋田県の八郎潟の沿岸において成り立っていた資源利用システムの歴史的検証を行い、そこに里湖と呼ぶにふさわしい「人の手の加わった自然」か成り立っていたことを示してきた。里湖では、たとえば「水辺」の植物をみてもその用途は肥料・燃料・飼料・繊維原料、屋根葺材など多岐にわたっている.さらに、一見零細的にみえるその採取活動が相互に結びつくことで、「水辺」の生態系に大きな影響を与えていたことが重要となる。
続ける

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