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「帝国」ロシアの地政学---⑨ー旧ソ連域内のロシアの立場 [ユーラシア・東西]

「帝国」ロシアの地政学  「勢力圏」で読むユーラシア戦略
著者  小泉 悠   コイズミゆう
出版年 2019.7 出版者 東京堂出版 ISBN 978-4-490-21013-2
新潟市立図書館収蔵 NDC分類(9版) 319.38
著者紹介  1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了(政治学修士)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教。専門はロシアの安全保障政策、軍事政策等。
第2章 1 主権  復活した「ロシアの脅威」 ゼロサム的主権説
 以上のような理解に基づくならば、ロシア的用語法における 「主権国家」(ここでは一般的な用語法と区別してカギカッコを付す)とは、「大国」に限りなく近い概念であると言えよう。やや古めかしい言葉を用いるならば「強国」とか 「列強」ということにもなろうが、これらの言葉はいずれもパワーと結びついている。
 サンフランシスコ州立大学のロシア専門家であるツィガンコフによると、ロシアにおける「大国」とは自らの力によって他国とのパワーバランスを維持し続けられる国であると歴史的に理解されてきた。したがって、バランスが不利に傾けば大国=「主権国家」の地位は失われ、好転すればその地位はより確固たるものとなる。ここでは、主権とは国家間のパワーバランスを反映してゼロサム的に増減するものと理解されているのである。
 これに関連して、サンクトペテルブルグ国立大学のボグダノフは、主権とパワーの関係性をアナーキー(無秩序)とヒエラルキー(階層的秩序)という観点から説明している。ボグダノフの整理によれば、アナーキー状態においてはすべての国家が主権を持ち、自分の安全は自分で確保するという自助(self help)の世界が出現する。しかし、アナーキーの世界が出現する。しかし、アナーキーそれ自体は安定的なものではなく、国家間に存在するパワーバランスに応じてヒエラルキーへと変質する。要は、すべてのプレイヤーが平等な初期状態が、時間の経過につれて強者優位の状態へと移行していくということだ。そして、こうしたヒエラルキーの下では下位国の主権が上位国に制限されることになる。
 さらに、この考え方を敷行すれば、主権の偏在状況はパワーバランスに応じて変動することが想定されよう。主権がパワーに紐づいたものであるならば、パワーバランスの変動はそのまま主権の偏在状況の変化に直結するためである。
 このような主権理解は、プーチン大統領の重要演説においても度々観察される。たとえばウクライナ危機勃発後に開催されたロシア政府後援の有識者会議「ヴァルダイ」において、「世界で唯一の権力の中心」(ここでは米国が念頭に置かれている)に対する忠誠度が国家の正統性を決めるようになったとして、国家主権が「相対化」されていると述べたことはその好例であろう。パワーバランスが国家の主権を規定するとすれば、冷戦後の世界において圧倒的な政治・経済・軍事的優位に立つ米国はそれだけ他国の主権を制限し、その分を自国に集中させることができる、ということになるためだ。
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ロシアが「一極支配」と呼ぶ、主権の集中状態である。一方、ソ連崩壊後に深刻な政治・経済的混乱に陥り、国力(パワー)の低下に見舞われたロシアにしてみれば、冷戦後の状況は「主権国家」としての地位に対する危機であったということになる。
 他方、2000年代の国際的なエネルギー価格の高騰によってロシアの国力が回復すると、ロシアは米国中心の「一極世界」に変化が生じたとの認識を示すようになった。たとえば2009年に公表された「2020年までのロシア連邦国家安全保障戦略」では「ロシアはソ連崩壊後のシステム的な危機を克服した」ことが高らかに宣言され、クライナ危機後の2015年に公表された現行バージョンの「ロシア連邦国家安全保障戦略」では、ロシアが「主権、独立、国家的・地域的な領土の一体性、在外同胞の権利保護を行う能力を実証した」との情勢認識が打ち出された。さらに、中国、インド、ブラジルといった新興大国が勃興する一方、米国経済がリーマン・ショツクによって弱体化したとの認識の下に「一極世界」的秩序は後退し、「多極世界」への移行が始まりつつあると、これらの文書は述べている。
続く

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