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「帝国」ロシアの地政学---④ [ユーラシア・東西]

「帝国」ロシアの地政学  「勢力圏」で読むユーラシア戦略
著者  小泉 悠   コイズミゆう
出版年 2019.7 出版者 東京堂出版 ISBN 978-4-490-21013-2
新潟市立図書館収蔵 NDC分類(9版) 319.38
著者紹介  1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了(政治学修士)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教。専門はロシアの安全保障政策、軍事政策等。
第1章-⒈冷戦後のロシアにおける「地政学」の文脈-・アイデンティティと地政学の癒着 その2
m81269288071_1-縮.jpg 現在のロシアにとって第二次世界大戦の記憶は貴重なアイデンティティのよすがとなっている。それは単にソ連という国家の勝利だったのではなく、ナチズムという悪に対する勝利だったのであり、ソ連はここで全人類的な貢献を果たしたのだという自負は現在も極めて強い。現在の口シアに暮らす諸民族に対しても、「共にナチスと戦った仲」だという意識は(ナショナル・アイデンティティとまでは言えないにせよ)一定の同胞意識を育む効果を果たしている。
プーチン政権下では、従軍経験者を讃える勲章を下げるのに使われた「ゲオルギーのリボン」が勝利のシンボルとして大々的に配布される。春になり5月9日の戦勝記念パレードが近づくと一般人や商店の店員、公共機関の職員など、至るところでこのリボンを付けた人を見かけるようになった。

他方、アイデンティティが外敵・ナチズムに対する勝利の記憶に依存している以上、ロシアという国家の統治形態や社会自体が常に「敵」との関係において規定されるということにもなりかねない。1990年代にウクライナ国防安全保障会議置記を務めたホルブーリンは、プーチン政権がロシアを「包囲された要塞」として描くことによって国民を動員しようとしているのだと非難する。
 また、ソ連崩壊後のロシアは、新たに画定された国境の外部にも問題を抱えていた。プーチン大統領はかつて、ソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」であると述べたことで知られるが、その後に続く言葉が注目されることは少ない。すなわち、「数千万人の我が国民と同胞が、ロシアの領域外に居ることになってしまった」という一言である。これはソ連崩壊によって2600万人とも言われるロシア系住民がロシア連邦の国境外に取り残され、ロシア民族が分断されてしまつたことを示している。ロシア人が「ほとんど我々」と呼ぶベラルーシ人やウクライナ人を含めれば、分断の規模はさらに巨大なものとなる。プーチン大統領の言う 「地政学的悲劇」が、単に超大国としての地位を失ったことを嘆くだけのものではないことは明らかであろう。
 以上のように、ソ連崩壊によって「ロシア的なるもの」は国境で分断され、新たに出現したロシアの国境内には「非口シア的なもの」が抱え込まれることになった。つまり、民族の分布と国境線が一致しなくなったわけで、こうなると「ロシア」とは一体どこまでを指すのか(国際的に承認された国境とは別に)という問題が生じてくる。これは地政学(「ロシア」の範囲)をめぐる問題であると同時に、アイデンティティ(「ロシア」とは何なのか)の問題でもあった。
  ここにおいて、冷戦後のロシアでは、地政学とアイデンティティがほとんど判別不能な形で癒着することになっだのである。
続く

タグ:ロシア
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