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現在中国における国家とキリスト教の状況 [隣の異教]

IMG_20211217_131819.jpg 巻頭エッセイより覚え書

国際社会における中国の存在感はますます強まっています。あまり知られていませんが、中国におけるキリスト教の仲長には著しいものかあります。極端な学歴社会や格差社会、IT技術を駆使した国民監視システムなどがもたらす社会全体の閉塞状況が、ますます宗教への渇望を強めているという見方もあります。中国におけるキリスト教事情はどうなっているのか、関心を惹かれるところです。ここでは、とりわけ政教関係の現在と将来。そしてキリスト教書の出版流通状況について事情に詳しいお二方から貴重な論考をいただきました。
歴史的にも地理的にも、文化・政治・経済のすべてにわたって深い関係のあるこの巨大な隣国のキリスト教事情について、読者の皆様のご参考になれば幸いです。


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中国における国家とキリスト教の現在
強靭な党国体制を生きる蛇のように賢い信者たち
佐藤千歳
中国共産党政権の内部では、キリスト教会を国家の安全を脅すリスクとみなす「浸透論」が根強い.浸透論は、米国を筆頭とするキリスト教国が、教会を利用して中国社会に西欧型民主主義の価埴観を共産党政権の転覆を図るという考え方である.近年は、米中対立の顕在化で浸透論の影響か増している。
 1980年代以降の中国のキリスト教は、党・国家との正面衝突を巧みに回避しながら教勢を拡大してきた。 2000年代半ば以降の中国の教会は、社会のグローバル化やIT化と歩調を合わせ、国境を越え、電脳空間も活用しながら活動を拡大してきた。教会リーダーたらは、香港や東南アジア、欧米のキリスト教界と日常的に交流して神学や教会運営を学ぶ。インターネットでは、SNS上の礼拝や信者のネットワーク形成が、コロナ禍以前から盛んだった。
 習近平政権が、前政権より多くの人的・財政的資源を宗教統制に投入して宗教統制の強化を図っているが、こうした多彩な活動に、党・政府が後追いして管理の網をかぶせている側面か強い。特に2017年に改訂公布された宗教事務条例は、宗教団体による海外活動や教育事業、イッターネット宗教に対する規制を新たに盛り込んだが、すべてキリス卜教会では定着した活動内容だった。

「宗教に社会主義社会への適応をうながす」という習近平政権の宗教統制・宗教中国化政策は、北京の共産党中央は地方政府に対し、宗教統制の強化しキリスト教会をしっかり指導し、教会堂に国旗を掲げさせ、教義を社会主義社会に適応させ、教会の収支報告を国家に開示させるよう求めてきた。非公認教会(家庭教会)の集まりなど論外で、警察と連携した取り締まりが指示されている。
 だか、地方政府の対応は様々である。キリスト教信者の人口比率が高い地方では、経済振興や地域社会の安定を優先し、非公認教会を含め日常の教会活動に干渉しない指導者もいる。逆に、「ここで手柄をたてて出世を」と、党中央が求める以上の取り締まりを実行する「武闘派」の地方政治家も現れた。浙江省共産党委員会のトップとして十字架取り壊しを指揮し、のちに香港政策を統括する香港マカオ事務弁公室主任に就いた夏宝竜がその典型だろう。
 地方政府に負けず劣らず、キリスト教界の国家との向き合い方も多様である。公認教会のあいだでも、クリスマスに五星紅旗を振りながら愛国歌を唄った上海沐恩堂のような教会もあれば、礼拝では政治に触れない教会もある。非公認教会が常に国家と対立的というわけでもなく、公認教会から牧師をスカウトし、「クリスチャンはこの世の権威には促うものだ」と信者に言い聞かせる都市教会もある。
 新たな規制を受けて信者たちは、地方政府の官吏と交渉したり、中国政府の管理が及ばない国外に拠点を移したりしで、後追い規制を巧みにかわすことを試みた。特に、法制度上の立場が弱い非公認教会は、地方政府の官吏との人脈づくりと、政策変更についての情報収集に余念がない。淅江省のある非公認教会は、宗教教育に対する取締り強化を察知すると、日躍学校を信者宅に分散する対策を考え、牧師が地方政府と交渉して日躍学校の継続を認めさせた。
 長期的にみても、1990年代の法輪功撲滅に伴う反宗教キャンペーン、北京五輪前の非公認教会迫害、そして2015年からの宗教中国化と、反キリスト教の政治運動が反復される度に、教会は党・国家との交渉を試みて生存空間を確保してきた。
 こうした経験は、中国の信者のあいたに、政府や中国共産党は公正で信頼できる為政者ではなく、従わざるを得ない不誠実な交渉相手であるという冷たい不信感を生んだ。多様で混沌とした中国のキリスト教界の感覚だけは多くの信者が共有しているように筆者は思う。
 習近平政権の宗教政策は、こうした国家とキリスト教との相互不信を、共産党の圧倒的な権力によって解消する試みのはずだった。しかしキリスト教徒からみると「社会主義制度と共産党への支持」を力づくで迫る宗教中国化は、過去の反キリスト教運動の焼き直しに過ぎない。キリスト教徒の多くは宗教中国化に正面からぶつかることは避けるだろう。ただ、多彩に展開する信者の活動と裏腹に、キリスト教と党・国家とのあいだの深く相互不信は、静かに広がるばかりである。
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中国におけるキリスト教書の出版と流通の現在
松谷曄介 まつたにヨウスケ
 中国のキリスト敦会の活動やキリスト教書の出版・流通に対する政府当局による近年の規制強化は、裏を返せばキリスト教信者やキリスト教書が急増していたことを示唆している。本稿では、キリスト教書がどのように流通しているのかを慨観したい。
〈一般ルート〉
 中国にはキリスト教専門の出版社は公的には存在しないが、キリスト教書出版をプロモートする「橡樹文字工作室」といった民間団体が一般の出版社と提携し、西洋思想の一環としてキリスト教関連書を多く出版してきた。古典的なものでは.アウグスティヌスの『告白』、シャン・カルヴァッの『キリスト教綱要』、マシュー・ヘンリーの「四福音書注解」(The Matthew Henry Study Bible)、比較的新しいものではアリスター・マクグラスの『キリスト教入門』、フスト・ゴンサレスの「キリスト教思想史」、スタンリー・ハワワース/ウィリアム・ウィリモン共著の『旅する神の民』等が出版されている。また自己己啓発書の棚にアメリカ福音派のリック・ウォレンやジョン・バイパーの書籍が置かれていたのには、驚かされる。
く公認教会ルート)
 公認教会(三自愛国教会)が出版しているISBNが付されていない書籍(聖書を含む)が、教会の書店・購買部で流通している。中には。公認教会の関係者か執筆したもの以外に、香港の神学者が執筆したものも含まれている。また、香港・台湾で翻訳・出版されたトマス・バークレーやジョン・ストットの注解書、「歴代キリスト教信条」や「マルティン・ルター選集等が、香港・台湾の出版社から版権を譲渡された上で、流通している。
く改府系機関・大学ルート)
 政府機関である国家宗教事務局が1995年に「宗教文化出版社」を立ち上げ、諸宗教の書籍を多く出版している。このルートで出版される書籍の検閲は他のものより厳しいはずだが、それでもルイス・ベルコフの「キリスト教教理史」や神学者のローロングウォン;蘆蕩光の「使徒行伝と使徒書簡の解読」等か出されているのは興味深い。
 また大学出版社からも、学術書としてキリスト教関係の書籍が数多く出されている。有名なものとして、トマス・卜-ランスの「神学的科学」(中国人民大学)等が挙げられる。
〈合法ルートの課題〉
 こうした合法的な出版には、多くの課題もある。第一に、政治的にタブーな内容は許されない。例えば、反革命罪に問われた著名なキリスト教伝道者・ワンミンタオ王明道に関する書籍は公式には出版され得ない。第二に、大学出版社から出される書籍の中には、著者・翻訳者が教会的基盤や信仰がない場合も多々あり、教会関係者から敬遠されがちである。第三に、体系的な翻訳プロジェクトがあまりなく、ランダムな印象を受ける。第四に、聖書注解書の出版・翻訳が圧倒的に少ない。
 ただし、こうした諸課題の背景には、現在の中国政府による厳しい統制のほか、文化大革命をはじめとする諸々の政治闘争、また日本による中国侵略等により、中国のキリスト教界が神学研究・出版に十分な人材・時間・費用を投じられなかった歴史的文脈があることを忘れてはならない。
〈非合法ルート〉
 非公認教会(家庭教会)においては。「私家版」的に出版されている書籍・雑誌が数多くある。たとえば、王明道の個人誌「霊食季刊」全46巻の復刻版や、北京の代表的家庭教会「守望教会」の機関紙と同教会のジンティエンミン金天明牧師の説教集、成都の代表的家庭教会「秋雨之福聖約教会」のでワンイー王怡牧師(現在、収監中)の書籍等が挙げられる。
 また、非公認教会が非合法で運営している無数の[地下神学校]では、香港一台湾・諸外国の出版物を複写あるいはPDF化して使用している。これらを違法な海族版と批判する意見もあれば、中国の特殊な状況においては宣教を支える「分かち合い版」であると考える意見もある。
く近年の規制強化と香港ルートの今後)
 習近平体制以降、公認教会の十字架強制撤去や非公認教会の閉鎖・牧師逮捕等、政府当局による締め忖けが急速に強化されている、その一環で、これまで一般書店で販売されていたキリスト教書が撤去され、アマゾン・チャイナでも一部の電子版を除いてほぼすべてのキリスト教書が検案・購入できなくなり、キリスト教出版は冬の時代を迎えている。
 香港のキリスト教出版は、これまで中国大陸のキリスト教書流遍に多大な貢献をしてきたが、2020年に「香港国家安令維持法」か施行される等、香港の中国化が懸念される近年、キリスト教出版界も大きな圧力を感じていることは問違いない。香港において、すぐに中国大陸と同様の出版規制がなされるわけではないだろうが、今後予断を許さない。香港社会の自由度を推し量るバロメーターの一つとして、キリスト教出版の状況を註視する必要かある。
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